Leaders Style(リーダーズスタイル)

株式会社ソフトハウス 岡山真治

1962年生まれ。長崎県出身。佐世保工業高校土木科卒業。新卒で、某大阪本社の建設会社へ入社、その後、長崎の建設会社・福岡の不動産会社へ転職、また長崎に帰り独立。現在は大型分譲団地(パークコミュニティ―桜の里)を中心に活動中。
 思い出に残る案件は、ホームページにも掲載しているのですが、ある学校の先生のお宅。注文が無いとおもっていたら、意外な注文がありました。丸い座卓の掘りごたつ。普通は掘りごたつって四角いのですが、丸にして欲しいと言われた。大工さんは嫌がりましたね、神経を使う仕事ですから。「やるしかないよって」説明して大工さんには作ってもらいました。出来上がって、やれば出来るな!って思いました。施主である先生も、先生の奥さんも大喜び。100点満点だったと思います。
自分の道を歩いていく
岡山真治
 家業は大工。苦しいときも、楽しいときも、子供の頃は経験しました。オカズの量にしても何にしても、多い時は景気が良いんだろうな、少ない時は厳しいんだろうなとか、そういったものを見ながら育った。大工になりたいという気持ちは無かったですね。どちらかというと機械系が好きだったので、高校進学の時はそういった進路を進もうとしたんだけれど、周りの意見にのっかるような感じで土木建築に進みました。高校は土木科のある高校に進学。卒業を前に就職崎を選ぶ時期、「ど田舎に行ってダム関連の仕事に就いたら5年は帰ってこれないぞ」と言われて、それはちょっと寂しいなと思いましたね。下水道工事なら町中にしかありませんから、先生の勧めもあって下水道工事を請け負う会社に就職しました。道路の真ん中に穴を掘って、クレーンがあって、そこから下水道管を掘って行く仕事なのですが、一度死にかけたこともありました。マンホールからマンホールって170mくらいある。それを這って進んでいくのですが、水が流れてきてしまった。命がけの仕事ですから、きちんとしていなければ大変なことになる、そう学びましたね。

 24歳になった頃、父の工務店に呼び戻されました。土木科は出たけれど、でも家を建てるのはド素人。最初は早く一人前になるために仕事を覚えることに必死でした。毎週専門学校に通って、平日は仕事がありましたから、休みらしい休みはありませんでした。それでも、誰にも文句を言わせないくらいの知識と技術を身につけたいと思ってやっていましたね。
 でも、人が決めたレールにのっかっていくのは嫌でした。そろそろいいかな、と思ったのは5年程経った頃。完全にレールから外れて、自分の道を歩いて行くことにして、現金30万円と洗濯機1つを持って福岡で再スタートを切りました。

 入社したのはマンションの販売会社。そこで営業をしました。その内に、長崎でマンション販売の仕事があったのですが、そこのオーナーさんが一年後に倒産をしてしまった。マンションの完成まであとわずか1ヶ月ほど、契約済のお客さんが34件ありました。まずは事情説明に行かないといけないと思い、1軒ずつ説明をして回りました。お客さんも契約金を200万円くらい既に払っていますから「私のお金はどうなるんですか?」「実は倒産するって分かっていたんだろう?」と厳しい声を頂きました。でも、自分としてはそれでも事情説明に行き続けなければいけないと思いました。
 事業は継続できるようになったので、マンションを作っている建設会社から呼ばれました。「独立をして最後まで手伝って欲しい」と言われました。それで独立をしたのが、ソフトハウスの始まり。結果的に、1軒も残らずに販売することが出来て、感無量でした。
専門家としてリードする
株式会社ソフトハウス
 譲れないのは、目に見えないところへのこだわり。例えば、断熱。これは譲れません。壁の中は見えないから住んでみないと分からないけれど、お客さんには叱るくらいのつもりで言っています(笑)
 断熱材って綿みたいなものなんですけれど、お客さんはそれを見ても快適な暮らしがあることをイメージできませんよね。全てはお客さんが満足をするために。でも、その満足は建ってすぐとは限らないんですよね。専門家としてリードしていくことが大事だと思っています。だから、日々新しい技術の勉強も怠れませんね。

 若い人たちには、私も若い頃は結構苦労しましたけれど、これが40代50代になると必ず楽になってくる。それは今、向き合っているもの、例えば仕事を一生懸命に継続してやっていくことだと思います。そうすれば、将来は必ず楽になりますよ。
プロフィール
氏名岡山真治
出生年1962年
出身地長崎県
趣味釣り、ゴルフ、音楽
※記事の内容は取材当時のものとなります