Leaders Style(リーダーズスタイル)

荒畑潤一 荒畑准一

プロスケーター

荒畑准一

Junichi Arahata

11歳の時にスケートボードを始め15歳でプロ転向後、雑誌のモデルや全国で行われるコンテスト、デモに数多く参加。 18歳で全日本チャンピオン(AJSA)を獲得し翌年から渡米。Worldindustries, Venture, Autobahn等、本場アメリカのカンパニーから認められサポートを受ける。411VMやbig brother等の海外メディアにも登場し25歳の時ARCADEから自身初となるシグネーチャーモデルをリリース。近年ではUniqloのCMや民放テレビ番組、ラジオ番組に出演する等スケートボードの更なる底上げにも積極的に行動している。
荒畑潤一 荒畑准一のリーダーズスタイルのメイン画像
 スケートボードが好きでずっと続けてきました。常に挑戦をしていたいかな。挑戦し続けるのが僕のスタイルだから。もうスケートボードは25年やっていて、始めたときからそうだけれど、楽しみながら挑戦していくっていう。恐怖ももちろんありますよ。今でも、恐怖感、ありますね。自分自身が恐怖を感じるくらいギリギリのことをしないと評価もされない。僕のことをずっと見てきてくれている人は分かると思うけど、だいたいこの人は何ができるかって知っている訳じゃないですか。そこに対して「ああこの人また何か同じトリックか」って思われたくない。
 挑戦して、新しい技をやって、この恐怖の壁とか、スケートボードのスタイルの熟年の引き出しとかをいっぱい開けていって、そこからスタイルを出していきたいかな。 25年やってきた自分らしさを出したいなと、いつも思っています。
非現実的なことをするのが僕らの仕事
荒畑准一
 僕の考えてる「ギリギリ」って、「非現実的」って意味に近いと思うんですよ。非現実的なことをするのが僕らの仕事であって、魅せるところでもありますよね。音楽のフェスティバルだったらスケートボードを知らない人だっているわけだから、楽しんでもらうには高く飛んだり、迫力ある滑りをすることが僕らの仕事。普段より高く飛んだりだとか。それもやっぱり失敗して怪我をする可能性も高いので、そこが限界へのチャレンジですね。出来ると信じてやるのか、それとも出来ないかもしれないけど出来たらオッケーと思ってやるのか。それはフィフティーフィフティーですね。出来るっていう自信もあるし、転ぶんじゃないかという不安もあります。やっぱり安全に見える技ばかりやっても、面白くないじゃないですか。ギリギリのところがやっぱり面白い。

 スケートボードの年齢層は幅広くて、50代半ばの人もいますし、ウチの息子は2歳5ヶ月でやり始めてます(笑)。スケートボードは若ければ若いほどいい。恐怖心も若いときは少ないですし、身体も柔らかいですからね。考えるよりも「やっちゃえ」って感じじゃないですか。大人になれば責任とかもあったり、生活だってある。だけど、技術的には若い人の方が有利かもしれないけど、年齢重ねてもキャリアで勝負できます。経験によって技の出しどころは違いますね。 スケートボード人生の中での障害、それは怪我ですね。一番きつかったのは27歳から30歳くらいまでかな。右ひざなんですけど、思いっきり捻ってしまって、もう十字靭帯が切れるギリギリの怪我でした。そこから、大学生のラグビー部の子達と一緒にリハビリしたり、結構きつかったです。リハビリもきつかったんですが、怪我をするとスケボー自体に乗るのも怖くなるじゃないですか。スポーツ全般がそうだと思うけど。そこを乗り超えるのが結構大変だったかな。年も27歳から30歳と重ねていて、身体も動きづらくなってきた中ですし、スケートボード生活の中で一番大きな怪我だったので、最初に乗る時は、おっかなびっくりですよね。それを乗り越えたことから得た教訓は、怪我をしなくなったってことですね。攻めるとこは攻めるんだけど、無理しないというか。

 後は自分のペースでスケートボードをするっていうことを忘れていた時期だったので。たとえば10代後半の子達と滑っていて、彼らはウォーミングアップが要らないから、そのペースで一緒に滑っちゃって。それで最初から飛ばしすぎて怪我をしたので、自分のペースをつかんで、自分なりのスケートボードをしていかないと、怪我が絶えないですよね。あとは気持ちが乗らない時はスケートボードをあんまりしないとか。体調悪いなって時には乗らずに、筋トレをしたりとか、ストレッチしたりとか。自分にもっと正直になることができた。負けるとか負けないとかよりも、自分のペースで自分が出来るときに本領を発揮するって感覚を覚えたと思います。自分をコントロールできるようになりましたね。そこはやっぱり、熟年じゃないけど、若いスケーターから大人のスケーターになっていく変化だったのかなって、今考えれば思いますね。
肩書きはスケートボード愛好家かな(笑)
荒畑潤一
 座右の銘は「情熱が一番大事」かな。巧いとか下手とかよりも、好きでありたい。自分が嫌になっていくようなスケートボードをしたくはないし、巧いよりは好きでいたい。「あいつスケボーしてて、楽しそうだね」って言われるようなスケーターでいつもありたいし。子供みたいなままでいたい。学校から帰ったら「スケボーしちゃう?」みたいな。あとは継続かな。続けていきたい。子供もいるし、やり続けるのは結構大変なんですけど。身体のこともあるけれど期待してくれている人がいる限りはプロでいたい。チャレンジし続けたいですね。

 若い人達には、時間とかお金とかその人の生活が許す限りは、旅とか海外に行って、いろんなものを吸収してもらいたいかな。僕は20代の頃にかなり海外に行っていたので。それによって言葉や生活、習慣とか得られるものがいっぱいあった。海外に出ると日本では考えられないようなことも世界では起こっているし。英語をしゃべれるだけで、10億人くらいの人達とコミュニケーションがとれるわけですからね。もっと、冒険していって欲しいですね。

 好きに肩書きを付けるとしたら「スケートボード愛好家」が一番相応しいと思いますね(笑)まあ「スケートボード中毒者」もそうですけど。悪い意味での中毒じゃないです。本当に愛好家って言ったら一番合うのかな。プロとかがもしできなくなったとしても、僕はスケートボードを愛し続けると思う。乗ってるのも好きだし、音でさえも好きだし。ダーっていう音。箱の上を登って、角を削っている音とか。縁石に乗ってる音とかもそうだし。スケートボードの全てが好きで、映像を作るのも好き。そういうのはけっこう、お金とかなんかじゃなくて、自分の生きてる、ライフバロメーターじゃないですけど、やり続けていきたい。好きだからやっているって感じですね。
※記事の内容は取材当時のものとなります