Leaders Style(リーダーズスタイル)

晋平太

中学生の時に同級生の影響でヒップホップを始める。18歳からMCバトルと呼ばれるフリースタイルヒップホップのトーナメント大会に出場し始め、21歳でBBOY PARKで優勝し、CDデビューも果たした。その後も精力的にMCバトルに参戦し続け、日本のラッパーでただ一人となる、BBOY PARK、3on3 BATTLE、 ULTIMATE MC BATTLEの日本三大MCバトルを制覇した。近年では、アルティメットMCバトルの運営・総合司会業を始め、にほんごであそぼうシリーズと題してのCDリリース、無料でラップを教える・ラップ講座など、ヒップホップ人口の向上を目指して全国を飛び回って活動している。
晋平太のリーダーズスタイルのメイン画像
中学校時代、ラップをやってる友達がいて、そいつの影響でヒップホップを始めました。当時、自分のお気に入りの曲をカセットに録音して、それを友達に渡すっていうミックステープっていうのがクラスで流行ってました。そのラップをやってる友達から渡されたミックステープの中に、沢山、日本のヒップホップの曲が入ってて、それを聴いた時に「あ、面白いな」と感じました。あと「なんか俺にも出来そう」ってリアルに思いました(笑)それでその友達からラップのやり方を教えてもらって、実際にやってみたら楽しくて。その後は文化祭でライブやったりもしました。その時、周りからは「また変な事やってんな」ぐらいに見られてたと思いますけど(笑)高校生になってからは、更に色んなイベントに参加しました。18歳の時に、初めてMCバトルに出る事になったんですけど、結果的に結構いいところまで行ったんです。それで道が拓けていったって感じですね。
仕事のSTYLE
晋平太
フリースタイルという、その場で起こった事をその場でラップして、そこにいる相手を言い負かすっていうものをずっとやってきました。それが得意で、好きで、その末に今の自分があると思ってます。 21歳の時にBBOY PARKっていう、大きなMCバトルの大会で優勝して、CDデビューもしました。当時はトントン拍子って感じでしたね。でも、やっぱりそういうのは長くは続かない。23、4歳の時には、一本も仕事がないような状況になってしまいました。今振り返っても、本当にドン底の状態でした。でも、ヒップホップが好きだという想いは変わらなかったし、自信もありました。それに何より、周りから「やっぱ売れなかったじゃん」って馬鹿にされていたのがわかってたんで…そうなったら、絶対やめられないじゃないですか。それで、もう一度フリースタイルバトルに賭けたって感じですね。また日本一になれたら、何か変わるんじゃないかなと思って。普通はね、一回CD出したりしたら、そこからまたフリースタイルに戻るってあまりないんですよ。CD出してライブやるというアーティスト活動の方が位が高いとされてましたからね。でも僕はそうはなれなかった。もう一度フリースタイルに賭けるしかなかったんです。フリースタイルの世界に戻って一生懸命やってたら、フリースタイルが世間で流行り始めたんですね。「ヒップホップの中でフリースタイルだけが好き」みたいな奴も出てくるようになりました。そうなると、アーティスト活動をしている奴の方がフリースタイルでやってる奴より偉いみたいに思われてたのが、少しずつ変わってきたんですよ。フリースタイルを一生懸命やってる奴も認められるようになってきたと言うか、そういう変化を感じてます。とてもいい事だと思いますね。
若者へのメッセージ
日本全国で「お前もヒップホップやってみれば?」ってスタンスで活動しています。ヒップホップは参加して楽しむものだと思ってるんですよ。小学生からおじさんまで、「ちょっとヒップホップやってみよう」ってなってもいいと思うんですよね。自分はその背中を押す人になれたらいいなと思ってやってます。ヒップホップの歴史はまだ若いので、ずっとヒップホップやり続けてジジイになってそのまま死んだって人は、まだいないんですよ。僕はそうなりたいし、これからの世代の人達もそうなって欲しいです。 やりたい事もない、特技もない、好きな女もいない、そういう奴らって今の時代一杯いると思うんですけど、そういう奴らはラップを始めればいいと思うんです。上手くなるかどうかはわからないですけど、人生に一つでも真剣になれるものがあると全然違うから。ラップを通じて自己表現出来る奴が一人でも多く増えたらいいなって、そう思ってラップ講座とか色んな活動をしています。ラップに限らず何でもいいんですけど、とにかく何か物事を始めてみて欲しいというか、自分を試して欲しいんですよね。頑張る事はなんだっていいと思うんです。僕だって別の仕事をしながらずっとヒップホップやってきましたから。
※記事の内容は取材当時のものとなります